おはようございます。
今回、バイクで離島をまわる旅で、山口県大島、相島を探訪しました。その時に訪れた萩周辺を特別編としてアップしたいと思います。
相島から萩に戻って来ました。相島には食堂はないので萩で昼食を頂きました。道の駅シーマートで海鮮料理にしようかとも思ったのですが、どのお店も長蛇の列でしたので、萩市内の昭和レトロなお店に行くことにしました。

Googleで調べて人気店を探しました。デンスケさんが高評価だったので行ってみました。

クリームチキンカツが美味しいとの口コミでしたのでオーダーしました。想像していた通りの美味しさでした。
お腹もいっぱいになったので、先ずは萩城跡を探訪したいと思います。

萩地域のみどころが紹介されています。萩城跡は、指月山にありました。

萩城は、1874年にその全てが解体されたと書いてありました。

毛利元就等五柱が祀られているそうです。当初は、指月神社だったのが志都岐神社となったそうです。

なるほどですね。珍しい松の木は、七夕伝説
の仲睦まじく縁起の良い松の木でした。

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋にやって来ました。萩城の入園料にはこちらの長屋の料金も含まれているそうなのでやって来ました。

鎧が飾られていましたが光の映り込みで上手く撮れませんでした。

当時の萩城のジオラマがありました。わかりやすいですね。天守閣や御殿の位置が良くわかります。
松蔭神社に向かいます。

吉田松陰が安政の大獄で捕えられ、死を覚悟した松陰が故郷の両親に送った歌が刻まれていました。

この建物も以前来た時にはありませんでした。
松陰神社宝物殿至誠館と書いてあります。

松下村塾は、平屋建ての50平米くらいの建物で、8畳の部屋一室、4畳
半の部屋一室、3畳の部屋二室、土間があります。松陰の講義は主に8畳の部屋で行われていたようです。明治維新の原動力となった人材がここで育ちました。久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋等がここで学びました。

吉田松陰は、こちらで約一年塾生に講義をしました。たった一年というのが驚きですね。吉田松陰は、享年29歳だったので一年の濃さがわかります。のんべんだらり生きている筆者もこころして人生を全うしなくてはと思うのですが凡人は直ぐに忘れてしまうのです。

至誠館の中は撮影禁止だったので画像はありません。
至誠館の入館料は、500円でした。
松陰神社にお参りします。

調べてみましたが、参考となるようなものは見つかりませんでした。
松陰神社を後にして次に向かいます。
萩反射炉です。反射炉とは独特の構造により鉄などを効率的に溶かす事ができる建物です。明治維新当時、反射炉を使ってアームストロング砲等を製造していました。萩反射炉は、その試作品でした。当時、実際に製造することはできませんでしたが、試作に挑む歴史的価値があるものだと思います。現在、世界遺産に登録されています。

日本の歴史の大事なことを後世に伝える役目を担っている建物だと思いました。
次に向かいます。

道の駅阿武町にやってきました。こちらには温泉があり、以前利用した事があります。久しぶりに来てみました。

以前来た時とは全く違っています。幸せのモニュメントとかがあります。夕日を受けて影がいい感じです。

鐘です。鳴らしたくなりますが、ここのはちょっと恥ずかしすぎます。自制します。
次の日、離島探訪を終えて帰宅する途中、萩往還
に立ち寄りました。

逆光でうまく撮れませんでした。吉田松陰が亡くなったのが1859年ですから今から約160年前の頃なんですよね。
こちらの松陰記念館を見てみましょう。
こちらは現在の萩周辺のジオラマです。
萩往還を後にします。

壇ノ浦SAも建物がリニューアルされてました。
関門橋がこうな風に見えるようになっていました。
バイクで離島をまわる旅 特別編(山口県萩周辺)を最後までご覧いただきありがとうございました。
次回をお楽しみに。
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