おはようございます。
バイクで離島をまわる旅、今回は、長崎県黒島を探訪しました。
探訪前に、コロナ禍は遂に第3波が到来し終息する気配がありません。
今回は、NVANにXTZ125を搭載して移動、相浦周辺で車中泊をして、密を避けました。
早速、バイクで離島をまわる旅 長崎県黒島編を始めたいと思います。
長崎県佐世保市に属する黒島は、周囲12キロメートル、人口は、約460名の島です。島民の80パーセントがカトリック教徒です。島の名前は、ポルトガル語で十字架を意味するクルスがなまったとされる説もあります。
黒島には相浦から、フェリーくろしまに乗って渡ります。

こちらで乗船券を購入しました。コロナ対策のため係の人が検温をします。

国の重要文化財に指定されている黒島天主堂が修復工事をしているとあります。1番楽しみにしていたので残念です。しかし、今更引き返すことはできません。

往復乗船券を購入します。バイクは、往復で購入はできませんでした。バイクは、手荷物扱いになります。

桟橋です。フェリーくろしまは接岸しています。後部からの乗船のようです。

天気は、いいですね。大きな煙突がランドマークとなっています。

サークルKですね。黒島のKですけど、こんなコンビニがありました。九州ではないのですが、名古屋にいた頃良く使っていたサークルKを思い出しました。

2階の客室です。椅子席と雑魚寝ができるスペースが前方にありました。

雑魚寝ができるスペースのところにステンドグラスの装飾がありました。くろしまならですね。

鳥居があります。焼島ですが、神社の名前はわかりませんでした。

見え方もこんなに違って見えます。ある意味、教訓のような感じです。

灯台があります。地形が急峻すぎて上には作れなかったのではないかと思ってしまいます。

黒島が見えてきました。黒島の名前の由来に黒く見えるから黒島説がありますが納得です。

フェリーくろしまの現在地です。黒島のフェリー乗り場は、島の北側にあります。冬場は、北西風が吹くことが多いのですが影響は、ないのかと心配になります。

防波堤の見える辺りが港です。北西風からは、防波堤が守ってくれていました。

フェリーくろしまの後部甲板は、今まで乗ったフェリーの中でも1番上に飛び出しています。

飛び出した後部甲板とサークルKの煙突の間から高島が見えます。

奥の浮き桟橋に接岸するかと思いきや、こちら側に接岸するようです。

黒島ウエルカムハウスです。ネットで調べた時は、コロナで休みとあったのですがオープンしています。ラッキーです。

なになに、写真を撮影して御朱印をゲット!!とあります。これは見逃せません。
ゲットしたいと思います。

ウエルカムハウスは、ちょっと置いて、フェリーくろしまをもう少し写真に収めたいと思います。

接岸している防波堤にきました。今は、干潮なので船体がかなり低いですね。

下部の赤い出っ張りは、造波抵抗を低減する役割があるそうです。燃費が良くなるって事ですね。

帰りのバイクの手荷物券を購入しました。バイクは、原付2種、123ccです。と言うと切符売り場からバイクが見えていたようで、けっこう大きく見えたのでとお値段を訂正してくれました。これも良い思い出になります。

中は綺麗です。建物もまだ新しいです。
お土産物が陳列してありました。

御朱印について教えてもらいました。黒島神社、興禅寺、黒島天主堂を写真に収めこちらで確認してもらうとそれぞれの御朱印をいただけるようです。黒島マップも頂いたので参考にします。

子猫は、遊び盛りのようで、活発です。
人には慣れているようです。
フェリーくろしまが出港します。

船体の後ろにある甲板を上げています。船尾には、緩衝用の分厚いゴムがつけられています。
後部甲板が上がりました。矢張り高いですね。

先ずは、黒島神社です。フェリー乗り場から歩いてすぐです。平戸の志々伎(しじき)神社の分社で、祭神は、十城別命(とおきわけのみこと)天児屋根命(あめのこやねのみこと)等です。キリスト教禁教期には、島民全員が氏子だったが、明治5年(1872)に神社の例祭を行った際に、本村、古里以外の島民がほとんど参加せず、潜伏キリシタンがカトリックに復帰したことが発覚したという歴史があります。その数は、1,000名にも達していました。

こちらが黒島神社本殿になります。お参りして、隣の金比羅神社に向かいます。

金比羅神社は、大きな岩の前に祠があるスタイルです。日本人は、大きな岩等に神仏が宿ると信じていた磐座(いわくら)の名残りが見えます。
かつ丸の大漁祈願をしました。
次に向かいます。

こちらは、興禅寺です。御朱印の対象です。こちらのお寺は歴史が古く由緒あるお寺です。潜伏キリシタン時代島民全員が檀家でした。こちらのお寺には、潜伏キリシタンが置いたとされるマリア観音がありました。また、移住者が隠れキリシタンだと元々の島民は薄々気がついていましたが共存の道を選んだ歴史があります。こちらのお寺の鐘の寄贈者には、潜伏キリシタンの人の名前も含まれているそうです。
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島の中には、このような案内板があり、とてもわかりやすくなっています。
串の浜岩脈に向かいます。

こちらは干潮時だけ見ることができます。今は、干潮時刻なので先ずこちらにやってきました。

島をまわる時は、このようにアイホンをセットしてナビしてもらってます。

途中、ちょっと悪路でしたが岩脈のすぐ横まで入れました。ここからは歩いてまわります。

こちらが岩脈です。今から800万年前に噴き出たマグマが筋状に固まり玄武岩となりました。長い浸食により周囲より硬い玄武岩だけ岩脈として残りました。これだけ大規模な岩脈は、珍しいそうです。
次に向かいます。
次に向かいます。
次に向かいます。

潜伏キリシタンの墓地です。今は、黒島天主堂の近くに共同墓地がありそちらで管理されていますが、こちらの墓地は、蕨地区の墓地になります。時代により様々な様式の墓が混在しているのが特徴です。
次に向かいます。

そろそろお昼です。カフェ海咲さんです。島内唯一のカフェだと思います。

黒島は、水を通しにくい地層の上に水を通しやすい地層が重なり、水が沢山湧き出ています。また、良質な赤土でできるさつまいもはとても甘くて美味しいそうです。この天然水とさつまいもを利用して作った焼酎です。

こちらの海咲さんは、天水と呼ばれる天然水も生産されています。こちらも販売もしてありました。隣が工場になっています。

ドライカレーを撮るのを忘れてました。
美味しかったです。アゴだしスープもついてました。
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黒島天主堂にやってきました。こちらは、国の重要文化財です。1902年フランス人のマルマン神父の指導と教徒の奉仕と献金により完成しました。現在は、耐震補強工事中です。耐震補強工事等は、来年3月までの予定です。

こちらにも黒島天主堂の写真がプリントしてありました。手前は足場です。

今回は、工事中の写真が撮れました。自宅から比較的近い島なので、また後日訪れても良いなと思いました。
工事前の黒島天主堂です。ネットから引用しました。
次に向かいます。
次に向かいます。

アコウの巨木は、迫力がありました。パワーをもらったような気になりました。
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信仰復活の地です。こちらは神父が初めてミサを捧げ秘跡を授けられた出口家の跡地です。
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一旦、港に戻ります。
フェリーの時間までもう少しあります。
まだ探訪していないところをまわります。

こちらは、キリシタンの共同墓地です。
墓石の上に十字架があるのが特徴的です。
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次に向かいます。

そういえば、小豆島では、ハート型のオリーブの葉を探しました。こちらにもあると思いますので探してみましょう。

ありました。二つの葉が合体してハート型になっています。何か良い事がありそうな予感です。
港に戻ります。
港のフェリー待合所のすぐ横に旧軍の施設跡がありました。

黒島での走行軌跡です。走行距離は、34.5キロメートルでした。

フェリー黒島に乗船しました。現在は、満潮に近いので高い方に接岸しています。防波堤との距離が空いています。

黒島は、天主堂が代表的な島ですが、他にも潜伏キリシタンに纏わるものがたくさんありました。また、景色も良くてとても楽しい時間が過ごせました。
さようなら黒島














































































































































































































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