おはようございます。
バイクで離島をまわる旅、今回は、長崎県対馬を探訪しました。
探訪前に、コロナ禍は遂に第3波が到来しました。このような中で探訪するかどうか迷いましたが、密を避けて行動するができると判断して予定通り探訪してきました。三連休を避け、現地ではホテルに引きこもり、目的地でも密にならないように気をつけました。
早速、バイクで離島をまわる旅 長崎県対馬編④を始めたいと思います。
本編は続編になります。バイクで離島をまわる旅 長崎県対馬編①②③をご覧になっていない方は、宜しければ対馬編①からご覧下さい。クリックすると移動します。
対馬北部の探訪を終え、厳原のホテルで宿泊しました。
翌朝、対馬中部に位置する対馬の離島から厳原周辺、下対馬方面を探訪しました。

沖ノ島と対馬主島は、住吉橋で架橋されています。
住吉橋の手前を右折すると住吉神社があります。

こんなところにポストがポツンとあります。ここから右折します。

この橋を渡ると沖ノ島ですが、住吉神社にちょっと寄り道してから向かいます。

かなり良いタイミングで漁船が通過していきました。お陰様で絵になります。

住吉神社の祭神はヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコトです。海幸、山幸神話の中の豊玉姫の息子です。由緒ある神社です。参拝します。

住吉橋を渡り、沖ノ島に入ります。
沖ノ島は、周囲23キロの島です。人口は、40人弱です。

この透明度です。海の底まで見えます。写メだとわかりにくいですが凄い透明度です。

道路の開通記念碑がありました。住吉橋は、1971年に開通しました。
住吉橋から赤島大橋に向かいます。
赤島大橋に到着しました。

赤島と沖ノ島を結ぶのが赤島大橋です。
1979年に開通しました。
赤島は、周囲6キロメートルの小さな島です。人口は、約20人です。

赤島大橋が架かる瀬は、猫瀬と呼ばれています。赤島猫瀬は広島からの移住者の橋本翁が自前で水路開削工事を行い安全に通過できるようになったそうです。

赤島大橋の周辺は、対馬でも屈指の海が綺麗な場所と紹介されています。

エメラルドグリーンの海が広がっています。今は、早朝なのですがその片鱗を見ることができます。

もう少し日が昇ればとても美味しいエメラルドグリーンの海に変化することでしょう。

案内板があります。猫瀬戸開削工事の件などが書かれていました。

赤島から泊島に向かいます。
泊島と赤島の間は、埋め立てにより繋がっています。
こちらが埋め立て地です。向こうが泊島になります。

埋め立て地には家が建っていました。
進みます。
埋め立て地の中央部です。

漁港の1番奥までやって来ました。右側が赤島になります。左側が泊島です。
戻ります。
赤島側から見た赤島大橋です。
次に向かいます。
赤島大橋から住吉橋を渡り、次に島山島を目指します。
途中、対馬のリアス式海岸の典型みたいなところがありました。

道路からリアス式海岸の特徴がよくわかります。奥まで入り込んでいます。
進みます。
浅芽パールブリッジに到着しました。
対馬主島と島山島は、浅芽パールブリッジで結ばれています。

浅芽パールブリッジを渡ると島山島です。
上から読んでも島山島、下から読んでも島山島(すみません)
島山島は、周囲45キロの島です。人口は、約30人です。
浅芽パールブリッジを渡りその道を進んでいきます。
進みます。

ここ島山島には、石田三成の軍師として有名な島左近の墓があります。

こちらから入りますが、分かりにくいらしいのです。今回は、時間がないので入らないで先を目指します。島左近については諸説あり、実は、対馬の厳原にも島左近の墓があるのです。それはそれで歴史のロマンがありますね。

どんどん進んで行くと港に到着しました。
案内板があります。こちらでは彼岸花のことを左近花と呼ぶようです。
島山島を後にして次に向かいます。
あそうベイパークには、キャンプ場とかあります。こちらでゆっくり過ごすのも良さそうです。
次に向かいます。
万関橋です。
万関橋は、万関瀬戸に架かる橋です。
現在の橋は平成8年に架けられた橋で3代目の橋です。

万関瀬戸は、1900年に日本海軍により開削されました。幅25メートル、深さ3メートルでした。当時は、久須保水道と呼ばれていました。
1975年に、幅40メートル、深さ4.5メートルに開削されました。
この万関瀬戸より南側を下島、北側を上島と呼んでいます。対馬の境でもあります。
万関橋を後にして次に向かいます。
姫神山砲台跡を目指します。
対馬には約30の砲台跡が残されていますが、豊砲台跡とこちらの姫神山砲台跡が有名です。
姫神山砲台跡は、結構な悪路を走っていかなくてはいけません。
途中の悪路は、コケないように集中していたので写真は、撮ってませんでした。
無事到着しました。
奥の方から更に上がれるようです。
案内板があります。明治時代に作られたものですね。

なかなかのものでした。これだけのものをいくつも作っていたんですね。自分の国は自分達で守り抜く決意が感じられる場所でした。

こちらが登ってきた道です。ここは良いのですが、途中が悪路です。
途中、舗装工事も行われていました。通行は、気をつけて下さい。
どんどん南下していきます。
対馬やまねこ空港を目指します。

大船越瀬戸は、1671年に開通した運河です。現在は主に漁船の通り道となっています。
空港に向かいます。

空港のすぐ横に対馬の石屋根があります。
石屋根は、平な石が比較的簡単に取れた地区で多く見られる建物です。島山島あたりから屋根石を運んだそうです。多くは、倉庫に使用されて、火災からの延焼を逃れる為に人家から離して作られました。

対馬やまねこ空港からは、長崎便と福岡便がそれぞれ日に4往復しています。こちらは、長崎便のボンバルディアDHC-Q200です。約39名の搭乗が可能です。

たまたまANAの福岡便とオリエンタルエアーブリッジの長崎便がエプロンにいました。こちらは福岡便のボンバルディアDHC-Q400です。74名搭乗可能です。

対馬やまねこ空港にも知り合いがいますが、コロナのこともあり、今回はご挨拶を遠慮させて頂きました。
この後、厳原から下島の探訪を続けますが区切りが良いので、長崎県対馬編④は、この辺で終わりにしたいと思います。
バイクで離島をまわる旅 長崎県対馬編④を最後までご覧頂きありがとうございました。




















































































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