バイクで離島をまわる旅、令和3年目に突入しました。
令和3年の年始は大寒波の襲来、コロナ第3波が収まりを見せない状況での幕開けとなりました。
今回、3密を避けて細心の注意払いコロナの感染者が少ない山口県を探訪しましたが、その最中、九州では福岡県に緊急事態宣言が発出され、地元佐賀県でも感染者が拡大している状況になりました。今後は、第3波がおさまるまではスティホームしなければならないと思います。
今回の探訪で訪れた分はアップしたいと思います。山口県彦島・竹ノ子島編、山口県六連島編に続いて、特別編(山口県下関市)を今回アップします。

今回も、離島まわりの空いた時間を利用して近傍の観光名所等を訪れてみました。
今回は、山口県下関市を訪れました。
山口県下関市は、山口県の最西部に位置します。西は響灘に面し、南は関門海峡に面しています。人口は、山口県で最も多い約26万人です。古くは、源平合戦、更に、長州藩は江戸末期から明治維新にかけ日本の歴史に大きく関わってきましたが、下関は、その中心的な場所でありました。最近では、名物フクのでその名を知られています。初代総理大臣の伊藤博文が、当時、食を禁じられていたフクをここ下関で食し、後に解禁の働きかけをしたのがその始まりです。
早速探訪したいと思います。
最初は、唐戸市場です。

彦島で、7つの神社めぐりで時間がかかりました。終了時刻は14時過ぎです。昼食を食べていなかっので、唐戸市場で何か食べようと思って向かいました。14時半過ぎに到着しました。残念ながら市場は15時まででした。殆どのお店は閉店しているか閉店準備中でした。

営業していれば、好きなお寿司を自分で選び食べることが出来たのですが残念です。

唐戸市場は、関門海峡に面していて、とても綺麗な景色を見る事ができます。テイクアウトした食べ物をこのロケーションで頂く事ができます。

唐戸市場での食事は諦めて唐戸市場の隣にあるカモンワーフに行ってみました。

逆光で見づらいですが、カモンワーフです。いくつかの飲食店やお土産屋さんが入ってます。

山口県川棚温泉が発祥の地とされている瓦そばの看板を見つけたので入ってみます。

元祖瓦そば藤屋さんです。こちらも残念ですがオーダーストップですと言われました。

こちらのお店はやってます。源平合戦に因んだ源平太鼓が名物のようです。茶そばもあります。こちらで注文すると茶そばは、ソールドアウトでした。源平太鼓を頂く事にしました。大判焼きサイズのお好み焼きです。海を眺めながら食べました。美味しかったです。

こちらから、佐々木小次郎と宮本武蔵が戦った巌流島に行くフェリーが出ています。丁度出港して行きました。

鐘があります。鳴らしたいです。
流石にここで、ひとりで鐘を鳴らすのは躊躇しました。(笑)
おっと、フクは、3匹いました。大きいフクの影に隠れていました。
お腹が満たされたので、探訪を続けます。亀山八幡宮に向かいます。
途中に石碑がありました。下関は、床屋発祥の地だそうです。知りませんでした。

亀山八幡宮は、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后を主祭神としています。859年に、行教が宇佐から京都へ八幡神を勧請する途中、こちらの場所が清浄な地であると言う事でここに祀られたのが起源とされています。

お参りします。
神道での主な唱えは、「祓えた給い、清め給え、神(かむ)ながら守り給い、幸(さきわ)え給え」と唱えるようです。覚えておこうかな(^^)

節分の豆が売ってました。
そう言えば、今年は節分が2月3日ではなく、2月2日となるそうです。2日となるのは1897年以来124年ぶりだそうです。
節分には、豆まきばかりではなく恵方巻きを食べる習慣も定着しつつありますが、今年は日にちを間違わないように注意しないといけませんね。

これは、六連島の雲丹を詠んだものでしょう。残念ながら現在、六連島では雲丹がめっきり獲れなくなったそうです。
こちらは、世界一のフクの像です。亀山神社の境内にあります。流石下関です。

江戸末期、亀山八幡宮に砲台が設けられアメリカ商船を砲撃したとあります。幕末から明治維新にかけ、下関は、歴史の表舞台となった場所でもありました。まさにこの場所から近代日本の始まりを告げる砲弾が発射されたと思うと感慨深いものがあります。

ところで、亀山八幡宮の鳥居に係るちょっと有名な話なのですが、鳥居の亀山宮の山の字のところにボールが挟まって落ちてこないらしいのです。もう半世紀以上になるそうです。

アップするとボールが挟まっているのが分かります。落ちないという事で、受験生には大人気です。
次に向かいます。

赤間神宮です。
赤間神宮は、源平合戦、壇ノ浦の戦いで幼くして亡くなった安徳天皇をお祀りしてあります。859年に阿弥陀寺として発足していますが明治時代の神仏分離により、天王社になり、その後、赤間大社となり、現在の赤間神宮となったそうです。第二次世界大戦により社殿等が焼失した為1965年に現在の社殿が建立されたそうです。

1965年に建立された現在の社殿は、まるで竜宮城だと称されています。

水天門は、鮮やかな朱色の門に金箔の菊の御紋が飾られています。

こちらの狛犬は、説明書きによると獅子という事です。一応阿吽の型になっていますが狛犬ではないようです。中国大陸で掘られて運ばれてきたようです。そう言えば獅子のカールカールしている立髪?は、あまり日本では見かけないですね。こちらは子供を押さえているお母さん獅子です。

供養塔でしょうか?供養塔は、お墓みたいなもので、多くの人が亡くなった時に建てられる事が多いようです。源平合戦で敗れた平家のものかもしれません。
こちらの奥に耳無し芳一のお堂があります。

芳一さんの像がありました。なかなか見事な出来栄えです。山口県防府市出身の押田政夫さんの手によるものだそうです。

押田政夫さんと耳無し芳一についてはこちらに詳しく書いてありました。

関門橋をくぐって、みもすそ川公園にやってきました。こちらは壇ノ浦の戦いの場所になります。源義経像です。壇ノ浦の戦いは、海戦でした。この時義経が船から船へ飛び移り戦い、その様を八艘飛びと称えられました。

こちらは平知盛像です。バックの関門橋が補修工事中だったのがちょっと残念です。

こちらには、NHK大河ドラマ義経の役者さんの手形がありました。松坂慶子さんの手形です。

歩行者は、無料です。自転車と原付バイク50cc以下は20円です。
関門トンネルは、車両専用のトンネル、在来線鉄道用のトンネル、新幹線用のトンネルと4本もあります。
それに加えて高速道路用の関門橋があります。

出川哲郎の充電させてもらえませんかで、電動バイクがここを通りました。

1863年ここから外国船に向けて攻撃をしたのでした。八十斤加農砲は、青銅製の大砲でした。この後、外国船からの報復攻撃を受け大砲の性能の違いを見せつけられる事になります。しかし、この攘夷戦が明治維新へと繋がるのです。

こちらの加農砲は、100円で発射音と煙が出る仕組みになっていました。丁度、メンテナンス中で何回か発射音と煙を無料体験しました。ラッキー(^^)
次に向かいます。

こちらは下関水族館海響館です。何回か入った事があります。比較的大きな水族館です。今回は、入りませんでした。唐戸市場の近くにあります。

水族館の横には、はい!からっと横丁があります。大きな観覧車が目印です。

入園は、無料ですが乗り物には料金が必要です。お得なフリーパスや海響館と観覧車券などがあるようです。

こちらは、二階建てのロンドンバスです。海響館とはい!からっと横丁の間の公園にあります。

恋人たちのベンチです。ロンドンバスに似合いますね。(筆者は、座りませんでしたが(^^))
時の停留所ですと。お洒落ですね。
大きな碇がありました。下関に合いますね。

かっこいいです。海峡タワーは、平成8年に建てられました。高さは153メートルです。総工費は、建物200億円、土地68億円ということです。ビルの運営は山口県国際総合センターがおこなっているそうです。

エレベーターは、外が見える作りになっていました。ビルの骨格が丸見えです。

眺めが良いです。関門海峡がよく見えます。奥に関門橋が見えます。こちらが北側になります。
火の山公園に向かいます。
火の山公園は関門橋の近くにあります。

今まで何箇所か砲台跡を訪れましたが、火の山砲台跡は今まで見た中で一番整備されていました。
火の山砲台は、凄かったです。当時のままでした。
そろそろタイムリミットです。
帰宅します。
下関には素敵な観光名所が盛り沢山ありました。とても空いている時間ではまわりきれませんでしたがそれでも充分楽しめました。
バイクで離島をまわる旅 特別編(山口県下関市)を最後までご覧頂きありがとうございました。
バイクで離島をまわる旅 次回は、コロナの緊急事態宣言が解除になった後だと思います。
次回をお楽しみに!
日本のみならず世界中のコロナウィルスの1日も早い収束を願うばかりです。



























































































































































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