コロナは、第8波の到来ですね。ウイズコロナの世の中が今後どのように推移していくのか分かりませんが早く落ち着いて貰いたいものです。
本編は続編です。バイクで離島をまわる旅 山口県屋代島編①をご覧になってない方はよろしければそちらを先にご覧下さい。青文字をクリックしていだだければ移動します。
村上水軍ゆかりの筏八幡宮を後にして探訪を続けます。屋代島を時計まわりに回っていきます。

記念館横の公園に予科練の若鷹の碑がありました。予科練は海軍飛行予科練習生の略です。戦艦陸奥に配属された124名が陸奥とともに海中に沈んでお亡くなりになりました。

陸奥は、昭和18年6月8日に原因不明の爆発を起こし、屋代島の北部に乗員1121名とともに沈んだそうです。

こちらの碑から矢印の方向4.5キロメートル地点に沈んだそうです。

陸奥記念館の入館券は、なぎさ水族館入館券と一緒に購入することができます。

原則撮影は、禁止ですが、個人の物や細かいのはダメだけど大きく写すのは良いよと言ってくださったので、少しだけ撮影させて頂きました。
陸奥と運命をともにされた1,121柱の英霊が安らかにお眠りになることを願って後にします。

とても小さな水族館ですが、いろいろ工夫してあり楽しめるようです。
先に進みます。
海沿いを進んでいくと赤い鳥居が見えます。

観光マップがありました。この先は、千本桜があるようです。シーズンだと凄く綺麗なんでしょうね。

沖家室島が見えます。手前が大橋です。沖家室島は、別編で編集したいと思います。引き続き時計まわりに探訪します。
お参りして次に進みます。

大島大橋が遠くに見えて来ました。いよいよ本日の最終目的地へ向かいます。

写真撮影禁止ですが建物等とこの辺は良いよと言われた所を撮りました。

ハワイ移民の歴史を細かく展示してありました。
大島から多くの方がハワイに移民し、たいへん苦労をされたようですが、福元氏のように財をなして日本に戻って来られた方もいらっしゃったようです。当時としては、物凄く贅沢な物を保有されて良い暮らしぶりだった事が伺えました。

お風呂は、当時五右衛門風呂でしたが、このようにタイル張りの綺麗なお風呂がありました。

階段とかもこんな感じで当時としては贅沢な作りだと感じました。

大島を後にして、明日探訪する長島の近くにある道の駅上関海峡まで来ました。

昭和49年頃に鳩子の海が連続ドラマ小説で放映されたロケ地にちなんでつけられたようです。
山口県屋代島は、周防大島として知られてしまっている島でした。瀬戸内海では3番目に大きな島で、ハワイに移住された方が多かったことからハワイのように椰子の木とビーチが沢山ありました。厳島神社の分社も多くありました。戦艦陸奥の記録を留めてくれている島でもありました。
バイクで離島をまわる旅 山口県屋代島編②を最後までご覧いただきありがとうございました。
コロナの感染者は、増えるばかり、もう慣れてきましたが、日本のみならず世界中のコロナウィルスの1日も早い収束を願うばかりです。皆様もどうぞ感染しないようにお気をつけて下さい。
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